重要文化財建造物一覧

全国の重要文化財建造物を史跡単位でリスト化しました。
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都道府県別 史跡検索
長崎県 重要文化財建造物(32件)
主藤家住宅
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長崎県対馬市厳原町豆酘2752番地

■概要
三間取りに「座敷」などが付く平面構成が特徴です。全体に木材が太く、特に長方形の柱を見付けが大きくなるように立てるのがこの地方の特色です。また、農家としては珍しい本瓦葺きの屋根を持つ、対馬を代表する貴重な民家です。写真は『主藤家住宅 | スポット | 【公式】長崎しま旅行こう-長崎の島々の観光・旅行情報ならココ!』のページから。

■主藤家住宅の重要文化財建造物
主藤家住宅 【江戸末期】 (1969-03-31指定)

本河内水源地水道施設
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長崎県長崎市本河内三丁目2536番、同730番、同2684番

■概要
コレラなどの伝染病対策のため、明治24年に日本人によって建設された、日本で3番目の近代水道施設です。日本初のダム式水道施設である本河内高部ダムと、日本で2番目のコンクリート造水道ダムである本河内低部ダムで構成され、日本の水道史において非常に価値が高い施設です。写真は『長崎県の文化財』のページから。

■本河内水源地水道施設の重要文化財建造物
高部堰堤 【明治】 (2017-09-11指定)
高部配水池 【明治】 (2017-09-11指定)
低部堰堤 【明治】 (2017-09-11指定)

聖福寺
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■住所 GoogleMap
長崎県長崎市玉園町

■概要
名僧・鉄心道胖のために創建された黄檗宗の寺院です。大雄宝殿、天王殿、山門、鐘楼などの建物は、黄檗様式の特徴をもち、創立当時の伽藍配置をよく残しています。特に鐘楼は県内で現存する最古の鐘楼建築とされており、建築史的に貴重です。写真は『長崎市│聖福寺4棟(大雄宝殿 天王殿 鐘楼 山門)』のページから。

■聖福寺の重要文化財建造物
山門 【江戸中期】 (2014-11-30指定)
天王殿 【江戸中期】 (2014-11-30指定)
鐘楼 【江戸中期】 (2014-11-30指定)
大雄宝殿 【江戸中期】 (2014-11-30指定)

清水寺本堂
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長崎県長崎市鍛冶屋町

■概要
大雄宝殿を寄進した唐商・何高材は、妻の供養のため、息子と共に寛文8年(1668年)に清水寺本堂を建立しました。その際、唐商が関わったため、寺院建築としては珍しい黄檗(おうばく)様式が混入しています。本尊が観音であることも、観音信仰の深かった唐商が寄進した理由と考えられます。写真は『長崎市│清水寺本堂』のページから。

■清水寺本堂の重要文化財建造物
清水寺本堂 【江戸中期】 (2010-12-22指定)

崇福寺
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■住所 GoogleMap
長崎県長崎市鍛冶屋町

■概要
1629年に福州出身の唐僧により創建され、「福州寺」とも呼ばれる黄檗宗の寺院です。竜宮門を思わせる三門や、国宝に指定されている第一峰門・大雄宝殿など、明朝末期の様式を伝える貴重な文化財が数多くあります。中国の縁起物であるコウモリなどの模様が施されているのも特徴です。写真は『崇福寺 | スポット | 長崎市公式観光サイト「travel nagasaki」』のページから。

■崇福寺の重要文化財建造物
護法堂(関帝堂又観音 【江戸中期】 (1910-10-21指定)
三門(楼門) 【江戸末期】 (1906-05-11指定)
鐘鼓楼 【江戸中期】 (1910-10-21指定)
国宝 第一峰門 【江戸前期】 (1953-04-02指定)
国宝 大雄宝殿 【江戸前期】 (1953-04-02指定)
媽姐門 【江戸中期】 (1972-06-20指定)

興福寺本堂
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■住所 GoogleMap
長崎県長崎市寺町

■概要
元和6年(1620年)頃に渡来した僧・真円によって創建された、在留南京地方出身者のための寺院です。中国様式で建てられ、特に氷裂式組子の丸窓や巧緻な彫刻、華麗な彩色が特徴です。慶応元年の暴風で大破した大雄宝殿は、明治16年(1883年)に再建され現在に至ります。写真は『長崎市│興福寺本堂(大雄宝殿)』のページから。

■興福寺本堂の重要文化財建造物
興福寺本堂 【明治】 (1933-01-12指定)

旧唐人屋敷門
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■住所 GoogleMap
長崎県長崎市寺町興福寺境内

■概要
禄2年(1689)、十善寺郷御薬園跡に唐人屋敷が完成し、来舶唐人はここに居住しました。約3万平方メートルの敷地に市街地が形成されましたが、天明4年(1784)の大火で関帝堂を除き焼失。その後、唐人自前の建築が許されました。この門は広葉杉を用いた中国式建築で、昭和35年(1960)に保存のため現位置へ移築されました。写真は『長崎市│旧唐人屋敷門』のページから。

■旧唐人屋敷門の重要文化財建造物
旧唐人屋敷門 【江戸中期】 (1961-07-30指定)

眼鏡橋
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■住所 GoogleMap
長崎県長崎市魚の町及び古川町間

■概要
福寺2代住持・黙子如定が寛永11年(1634年)頃に架けたとされる日本初のアーチ構造の石橋です。度重なる火災や洪水で記録が失われ、架橋や修復の時期に諸説ありますが、その革新的な技術は全国の石橋技術の規範となり、大きな注目を集めました。写真は『長崎市│眼鏡橋』のページから。

■眼鏡橋の重要文化財建造物
眼鏡橋 【江戸前期】 (1960-02-20指定)

東山手十二番館
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■住所 GoogleMap
長崎県長崎市東山手12番地6

■概要
明治元年(1868年)頃に旧外国人居留地内に建てられた、現存する東山手地区最古の初期洋風建築です。元々はプロシア領事館で、その後ロシア領事館や宣教師住宅として使用されました。幅広いベランダや国内最古の下見板張りの外壁が特徴で、当時の領事館建築の様式をよく伝えています。写真は『長崎市│東山手十二番館』のページから。

■東山手十二番館の重要文化財建造物
附属屋 【明治】 (1998-12-22指定)
主屋 【明治】 (1998-12-22指定)

旧長崎英国領事館
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■住所 GoogleMap
長崎県長崎市大浦町1番37号

■概要
明治41年(1908年)に英国領事館として建てられました。上海の英国人技師ウィリアム・コーワンが設計し、長崎の職人が施工したもので、当初からの本館、附属屋、職員住宅などがよく保存されています。明治後半の洋風建築として、また近代日本外交史を物語る貴重な建物です。写真は『長崎市│旧長崎英国領事館』のページから。

■旧長崎英国領事館の重要文化財建造物
職員住宅 【明治】 (1990-03-31指定)
附属屋 【明治】 (1990-03-31指定)
本館 【明治】 (1990-03-31指定)

旧長崎税関下り松派出所
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長崎県長崎市松ヶ枝町4番33号

■概要
明治31年(1898年)に建てられた煉瓦造りの建物です。正面両端の三角破風が特徴で、内部は検査場や倉庫から構成されています。小規模ながら、便所や煉瓦塀など、明治時代の税関施設の様子をよく伝えており、歴史的にも景観上も貴重な遺構です。写真は『長崎市│旧長崎税関下り松派出所』のページから。

■旧長崎税関下り松派出所の重要文化財建造物
旧長崎税関下り松派出所 【明治】 (1990-03-31指定)

旧香港上海銀行長崎支店
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■住所 GoogleMap
長崎県長崎市松ヶ枝町4番27号

■概要
明治37年(1904年)に建てられた、現存する石造りの洋風建築では日本最古級のものです。鉄骨やコンクリートなど、当時の最先端技術が用いられ、堅牢な構造が特徴です。現在は、旧居留地や貿易の歴史を紹介する長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館として活用されています。写真は『長崎県の文化財』のページから。

■旧香港上海銀行長崎支店の重要文化財建造物
旧香港上海銀行長崎支店 【明治】 (1990-03-31指定)

大浦天主堂
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■住所 GoogleMap
長崎県長崎市南山手町5番3号

■概要
1864年に在留外国人のために建てられた、国内現存最古のカトリック教会堂です。フランス人宣教師が設計指導し、日本の大工が施工しました。翌年3月には「信徒発見」の舞台となり、世界宗教史において極めて重要な場所です。創建当初の姿が内部空間に温存されています。写真は『大浦天主堂 | 文化財 | 長崎市公式観光サイト「travel nagasaki」』のページから。

■大浦天主堂の重要文化財建造物
国宝 大浦天主堂 【江戸末期】 (1953-04-02指定)

旧オルト住宅
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■住所 GoogleMap
長崎県長崎市南山手町14番地グラバー園構内

■概要
幕末から明治初期に建てられた、規模と格式の高い洋風建築です。彫りのない柱のベランダや切妻屋根のペディメントを持つポーチが特徴で、木骨石造りの堂々とした姿をしています。イギリス人オルトの邸宅として建てられ、後に活水女学校の仮校舎やリンガー家の住宅としても使用されました。写真は『旧オルト住宅 | 文化財 | 長崎市公式観光サイト「travel nagasaki」』のページから。

■旧オルト住宅の重要文化財建造物
主屋 【江戸末期】 (1972-06-20指定)
附属屋 【江戸末期】 (1972-06-20指定)
倉庫 【江戸末期】 (1972-06-20指定)

旧グラバー住宅
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■住所 GoogleMap
長崎県長崎市南山手町2番地グラバー園構内

■概要
開国後、長崎に外国人居留地が造成され、長崎港を見下ろす丘陵に洋風建築が立ち並びました。この居留地の歴史を伝えるのがグラバー園です。トーマス・グラバーなど外国人商人の住宅が残り、幕末から明治にかけての長崎の歴史や文化を、美しいロケーションの中で感じられる場所です。写真は『グラバー園について | 【公式】グラバー園|世界遺産構成要素、旧グラバー住宅を中心として明治期の洋館を移築復元した長崎市の人気観光スポット』のページから。

■旧グラバー住宅の重要文化財建造物
附属屋 【江戸末期】 (1961-07-30指定)
主屋 【江戸末期】 (1961-07-30指定)

旧羅典神学校
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■住所 GoogleMap
長崎県長崎市南山手町5番3号

■概要
明治8年(1875年)に設立された旧羅典神学校は、ド・ロ神父が設計した、日本最古の神学校の校舎です。木骨煉瓦造という特殊な構造で、ド・ロ神父の優れた建築技術により非常に堅牢に造られているのが特徴です。現在は、大浦天主堂をはじめとする長崎のキリスト教関連の歴史資料を展示する施設として利用されています。写真は『長崎市│旧羅典神学校』のページから。

■旧羅典神学校の重要文化財建造物
旧羅典神学校 【明治】 (1972-06-20指定)

旧リンガー住宅
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■住所 GoogleMap
長崎県長崎市南山手町2番地グラバー園構内

■概要
明治元年(1868年)頃に、グラバー商会に勤めていたフレデリック・リンガーのために建てられたと推定される、初期洋風建築の典型例です。木骨石造で、3面に角石の列柱を持つベランダが特徴です。中廊下を中心に部屋を配置する平面計画で、後にリンガー家の次男シドニーが住んだことから「リンガー(弟)邸」とも呼ばれました。写真は『長崎市│旧リンガー住宅』のページから。

■旧リンガー住宅の重要文化財建造物
旧リンガー住宅 【明治】 (1966-07-31指定)

旧本田家住宅
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■住所 GoogleMap
長崎県長崎市中里町1478番地

■概要
県内最古と考えられている三間取りの農家です。建築年代は明和年間(1764~71)に近く、木材が太いのが特徴です。また、かや葺きの大屋根に、かや葺きのひさしが付く「ももづき」葺きという珍しい屋根形式をもっています。内部には竹すのこ床などが残されています。写真は『長崎県の文化財』のページから。

■旧本田家住宅の重要文化財建造物
旧本田家住宅 【江戸中期】 (1969-08-01指定)

旧出津救助院
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■住所 GoogleMap
長崎県長崎市西出津町

■概要
ド・ロ神父は、明治時代の外海地区で、困窮した住民を救うため授産施設を設立しました。主要な建物は、木骨石造の授産場、煉瓦造のマカロニ工場、木骨煉瓦造の鰯網工場です。これらの建物は、ド・ロ神父の建築知識と工夫が凝らされた独自の洋風建築で、当時の社会福祉や地域産業を伝える貴重な遺構です。写真は『長崎県の文化財』のページから。

■旧出津救助院の重要文化財建造物
授産場 【明治】 (2003-12-22指定)
マカロニ工場 【明治】 (2003-12-22指定)
鰯網工場 【明治】 (2003-12-22指定)

出津教会堂
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■住所 GoogleMap
長崎県長崎市西出津町2602番地

■概要
明治15年(1882年)にド・ロ神父が設計し建てた教会です。外海の強い風を考慮し、煉瓦造りの壁と低平な姿が特徴です。その後、拡張や増築を経て現在の形となりました。内部は木造で三廊式平面をもち、漆喰塗りの天井をもつ、この地特有の教会建築として知られています。写真は『長崎市│出津教会』のページから。

■出津教会堂の重要文化財建造物
出津教会堂 【明治】 (2011-11-12指定)

大野教会堂
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長崎県長崎市下大野町2619番地

■概要
ド・ロ神父が明治26年(1893年)に建てた巡回教会です。地元産の玄武岩を用いた「ド・ロ壁」と、洋式の木造小屋組を組み合わせた独自の建築様式が特徴です。風土に合わせた工夫が随所に見られ、ド・ロ神父の建築技法や地域の歴史を伝える貴重な建物です。写真は『長崎市│大野教会堂』のページから。

■大野教会堂の重要文化財建造物
大野教会堂 【明治】 (2008-07-30指定)

旧五輪教会堂
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■住所 GoogleMap
長崎県五島市蕨町993番11

■概要
1881年に久賀島の浜脇教会として建てられ、1931年に現在地へ移築されたものです。外観は和風ですが、内部は三廊式でリブ・ヴォールト天井を持つ本格的な教会建築様式です。老朽化による解体の危機を乗り越え、現在は歴史的に貴重な文化財として保存されています。写真は『旧五輪教会堂|世界遺産の島 五島市』のページから。

■旧五輪教会堂の重要文化財建造物
旧五輪教会堂 【明治】 (1999-06-20指定)

江上天主堂
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■住所 GoogleMap
長崎県五島市奈留町大串郷1131番地

■概要
1918年に潜伏キリシタンの信仰の場として、信徒たちが地引網で得た資金を元に建てられました。建築の名工、鉄川与助が設計施工し、木造教会堂の完成度が高い作品として知られています。白い壁と青い窓が特徴的な外観で、内部は手描きの木目模様や美しいリブ・ヴォールト天井が人々を迎え入れています。写真は『江上天主堂|世界遺産の島 五島市』のページから。

■江上天主堂の重要文化財建造物
江上天主堂 【大正】 (2008-07-30指定)

眼鏡橋
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■住所 GoogleMap
長崎県諫早市高城町770番地の2

■概要
天保10年(1839年)に本明川の氾濫に耐えるために架けられた二連アーチの石橋です。江戸時代の同形式の橋では日本最大級の規模を誇り、近世の交通史上でも重要でした。昭和32年の諫早大水害後に移設されました。写真は『長崎県の文化財』のページから。

■眼鏡橋の重要文化財建造物
眼鏡橋 【江戸末期】 (1958-11-12指定)

黒島天主堂
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■住所 GoogleMap
長崎県佐世保市黒島町3333番他

■概要
1902年にマルマン神父の指導のもと竣工した、煉瓦造りの教会堂です。外壁はイギリス積みで、有田焼のタイルが貼られた内陣や、畳が敷き詰められていた会堂部など、和洋が融合した独特の様式が特徴です。明治期に建てられた三層構成の教会堂として、国内でも貴重な建築物です。写真は『長崎県の文化財』のページから。

■黒島天主堂の重要文化財建造物
黒島天主堂 【明治】 (1998-06-19指定)

頭ヶ島天主堂
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■住所 GoogleMap
長崎県南松浦郡新上五島町友住郷638番地1

■概要
明治43年(1910年)に創建された、石造りの教会堂です。五島列島に多く見られる木造ではなく、地元産の砂岩を積み上げた重厚な外観が特徴です。建築の名工、鉄川与助によって設計・施工され、内部はリブ・ヴォールト天井や美しい木造彫刻が施されており、質の高い信仰空間をつくりだしています。2018年には世界遺産に登録されました。写真は『頭ヶ島天主堂 | 教会めぐり | 【公式】長崎観光/旅行ポータルサイト ながさき旅ネット』のページから。

■頭ヶ島天主堂の重要文化財建造物
頭ヶ島天主堂 【大正】 (2001-11-11指定)

青砂ヶ浦天主堂
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■住所 GoogleMap
長崎県南松浦郡新上五島町奈摩郷1241番地1

■概要
大崎八重神父の計画のもと、建築家・鉄川与助によって1910年に建てられた煉瓦造りの教会堂です。日本人設計者による煉瓦造教会堂の最初期のもので、本格的な教会堂建築の模範とされました。外観はイギリス積み、内部は漆喰塗りのリブ・ヴォールト天井が特徴で、強い垂直性を感じさせる空間です。写真は『長崎県の文化財』のページから。

■青砂ヶ浦天主堂の重要文化財建造物
青砂ヶ浦天主堂 【明治】 (2001-11-11指定)

旧鍋島家住宅
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■住所 GoogleMap
長崎県雲仙市国見町神代丙103番地1

■概要
写真は『長崎県の文化財』のページから

■旧鍋島家住宅の重要文化財建造物
長屋門 【江戸末期】 (2007-07-31指定)
主屋 【昭和】 (2007-07-31指定)
御座敷 【明治】 (2007-07-31指定)
土蔵 【明治】 (2007-07-31指定)
隠居棟 【江戸後期】 (2007-07-31指定)

西海橋
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長崎県佐世保市針尾東町~西海市西彼町小迎郷

■概要
1955年に日本初の有料道路橋として完成しました。当時は「東洋一のアーチ橋」と呼ばれ、長崎の交通の要衝として地域振興に大きく貢献しました。戦後日本の長大橋建設の原点として、2020年には土木構造物として初の国の重要文化財に指定され、その歴史的・技術的価値が高く評価されています。写真は『「西海橋」(国指定重要文化財) | 長崎県』のページから。

■西海橋の重要文化財建造物
西海橋 【昭和】 (2020-12-22指定)

旧佐世保無線電信所(針尾送信所)施設
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長崎県佐世保市針尾中町382番地

■概要
大正11年(1922年)に完成した軍事通信施設です。高さ136mの鉄筋コンクリート造りの電信塔3基と、堅牢な煉瓦造りの電信室が現存しています。これらの施設は、旧海軍の通信技術と戦前の近代土木技術の高さを今に伝える貴重な遺構です。写真は『針尾無線塔(旧佐世保無線電信所) | わたしがえらぶ長崎のお気に入り Tabi Note | 【公式】長崎観光/旅行ポータルサイト ながさき旅ネット』のページから。

■旧佐世保無線電信所(針尾送信所)施設の重要文化財建造物
無線塔 【大正】 (2013-03-30指定)
油庫 【大正】 (2013-03-30指定)
電信室 【大正】 (2013-03-30指定)

田平天主堂
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■住所 GoogleMap
長崎県平戸市田平町小手田免19番地19

■概要
長崎県北部に位置し、鉄川与助が設計・施工した煉瓦造の教会です。大正6年(1917)に竣工し、翌年に献堂されました。八角形のドームを頂く鐘塔が特徴で、外壁には「変形イギリス積」を用い、多彩な装飾が施されています。内部は3廊式で、木製リブ・ヴォールト天井とトリフォリウムの連続アーチが印象的です。鉄川の最後の煉瓦教会作品で、平戸瀬戸を望む景観と周囲の歴史的環境も保存されています。写真は『長崎県の文化財』のページから。

■田平天主堂の重要文化財建造物
田平天主堂 【大正】 (2003-12-22指定)

幸橋
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■住所 GoogleMap
長崎県平戸市岩の上町亀岡

■概要
元禄15年(1702年)に平戸松浦家が架けた石橋です。城と城下町を結ぶ木橋が改築されたもので、別名をオランダ橋ともいいます。これは、オランダ商館の建設でアーチ橋の技術を学んだ石工が架けたためと伝えられています。長崎の石橋に比べて径間が大きい点が特徴です。写真は『長崎県の文化財』のページから。

■幸橋の重要文化財建造物
幸橋 【江戸中期】 (1978-01-12指定)